コロナ禍の今伝えたい想いとは? 中西圭三が新曲『流れ星』に込めたメッセージ

『Choo Choo TRAIN』などの大ヒット曲の数々で知られるシンガーソングライターの中西圭三さんは、『おかあさんといっしょ』の『ぼよよん行進曲』などでもお馴染みで幅広い層に人気を集めている。その幅広い活躍にも実は一貫して通じる想いがあった。そんな中西さんが、まさに手作りで新曲『流れ星』をリリースした理由とは? コロナ禍の今感じる想いも併せて伺った。

中西圭三さん

─歌う使命の中にある想い

BANZAI編集部(以下、B):中西さんは、ZOOに提供し後にEXILEがリメイクした『Choo Choo TRAIN』、さらに『Woman』『Timing』などの大ヒット曲の数々で知られていますが、『おかあさんといっしょ』でお馴染みの『ぼよよん行進曲』もYouTubeで1200万回再生を超えるほど大人気で幅広い年齢層から親しまれていますね。

中西圭三(以下、中西):そうですね。僕が1990年代に活躍していた事を知らず、子ども達の音楽がきっかけで知ったという方も最近いらっしゃって。逆に「『ぼよよん行進曲』の人が『Choo Choo TRAIN』を作ったの!?」なんてびっくりされたり。そんなパターンもあるみたいです (笑)。

B:そうなのですね。いろいろなファン層がますます広がっていますね。『Choo Choo TRAIN』もノリノリで元気の出る曲ですが、『ぼよよん行進曲』も大変元気が出る曲で、心が折れそうな時も育児の間に励まされたという声も多数届いているようですね。

中西:そうですね、それはとてもうれしい事ですね。僕は作詞家の売野雅勇さんと『Woman』という曲でご一緒して。当時、2ndアルバム『Yell』を作っていたのですが、僕自身も岡山出身で東京に出て来て、東京で仕事に向かって頑張ろうとしている人たちに何か力になるような風を送る事が出来れば、そんな楽曲が作れたらいいね、というような想いを込めて『Yell』と名付けたのです。

ちょうど宝飾品のCMのタイアップもいただき、売野さんも、女性のこれからの活躍の背中を押すような楽曲に仕立てられれば、と『Woman』という曲の歌詞を作っていただいたのです。
やっぱり、歌う使命のようなものの中に、人を元気付けたい、勇気付けたい、傍らで寄り添いたい、という気持ちはずっとあったなと。

B:ずっと通じて同じ想いがあるのですね。

中西:そうですね。『素敵なことは変わらない』(3ndアルバム『Steps』収録曲)など売野さんの哲学のような歌が沢山あって、上から目線ではなく「こう生きればいいんじゃないかな」というように、歩むべき道を一緒に考えていければなというのもあったと思います。
子ども達のために今作っている曲も、「こう思えばいいんじゃないかな」と説明してあげるような気持ちで書いているんですけどね。

B:人生で行き詰ってしまった時に、ちょっと見方を変えてみない? みたいな感じですね?

中西:そうですね。生きるうえで歌にビタミンを貰って。僕も『三百六十五歩のマーチ』や『上を向いて歩こう』などの日本のスタンダードと言われているような曲を聴いて育ち、「元気いいな、楽しいな」という切り口で感じていた曲が、成長するにつれて詞をだんだん理解できるようになって、心に効いてくるというかフレーズに励まされて彩られてきたなという感じがすごくあって。
自分の作る曲もそんな曲だといいなというのはいつも思っています。

ポーズをとる中西圭三さん

2ndアルバム『Yell』のポーズを取る中西さん

─未来へ胸を張れる生き方を

B:どのアーティストも想いを込めて曲を作っていると思いますが、中西さんの曲は特に想いというよりも祈りや念に近いものを感じますね。例えば2011年の東日本大震災の直後で、誰もがどうやって生きていけば良いのだろうと思っていた時期にも、そういった曲を書かれましたね。

中西:『千年の誓い』ですね。Apeaceという韓国アーティストグループのお仕事をさせていただけるという事で、ちょうど震災が起こった直後の時期で、どんなメッセージを彼らに託すと良いのかなと考えて。緊急事態に於いて韓国に帰るべきかどうするべきかという議論も彼らの中でも周りの人たちでもあったようですが、彼らは日本に残るという決心をして。

じゃあそういう覚悟も含めて、こんな大きな事態が起きたのだから、考え方を転換できたり、それならこうしようと思える事があった方がいいよね、とどうしても伝えたくてメッセージを託したつもりなのです。目先の事じゃなくて千年先の人たちの事を想いながら、今こうしておくべきだと物事をチョイスしていかないといけないんじゃないかなと。それは国を超えて人間同士として日本の方々にも伝えて欲しいと。覚悟を持って日本に残った彼らだからこそ言えるメッセージなのかなと思って託したのです。

B:大林宣彦監督の映画『この空の花 長岡花火物語』をご覧になって生まれた曲なのですよね。

中西:そうですね。映画の中の「まだ間に合う」というフレーズがすごくメッセージとして伝わってきて。だからこそ今やらないといけない、今伝えておかないといけないと。大林監督もずっとそんなふうに想いながら頑張ってこられたのではないかと思っています。

いろいろな議論はあると思いますが、戦争の経験を忘れてはいけないと思います。僕らはリアルには戦争の経験はない訳ですが、大林監督のさまざまな映画で疑似体験させて貰って、その大変さを感じる訳だから、戦争に近づきそうな匂いがするという嗅覚みたいなものは大事にしないといけないと思うし、僕らはどう思い次へとバトンを渡していけるかなと。

『千年の誓い』にはそういった想いも含まれているし、千年と言わず近い将来に「やっばりあのチョイスでよかった」と言えるような生き方を積み重ねておかないといけないなと。

B:自分たちの未来の子孫たちに胸を張って「ちゃんとチョイスできたよ」と言えるような生き方をしようという事ですよね?

中西:はい、そうです。もう同じ事を繰り返してはいけないという事です。そこはすごく強く思っています。

Apeaceに書き下ろし、後にセルフカバーした『千年の誓い』
https://music.youtube.com/watch?v=iclYIVXSzXE

─社会貢献活動のきっかけ

B:中西さんは社会貢献活動も熱心になさっていますよね?

中西:はい。以前は事務所に所属して支えて貰いながら自分のルーティンをこなしてゆくという状況が10年ぐらい続いていましたが、自分を見つめなおす時間が欲しくなってサンフランシスコに一年間滞在しました。その際にこの先何をやっていこうかと考えた際に、出来たらいいなと思っている事をちゃんとやっていけたらいいな、と思ったのです。それは自分の中では子どもたちの事と地元・岡山の事でした。いわゆる貢献と言われる活動もちゃんとやっていければいいな、と思って日本に帰ってきたのです。

先程、「念のようなもの」と仰いましたが、思っている事は本当に通じるのかもですね。たまたまなのですが、岡山の開業医の方が訪ねていらして、協力して欲しい事がある、と。フィリピンの貧しい子どもたちのためのチャリティ活動をしていて、シェルターの支援をしているのだけど、活動を手伝って貰えないかというお話しでした。それはもう喜んで、とお答えしました。子どもたちと岡山が絡んでいる事だからぜひやらせてください、と参加させて貰いました。

フィリピンに実際行って、スモーキーマウンテンや、厳しい環境下からやむなく逃げて一人で暮らしていく道を選択して路上で寝泊りしているストリートチルドレンの子どもたちをシェルターで保護して生活できるようにしていこうという活動でした。
じゃあ何ができるかな? と思ったら、チャリティライブをやりましょうという事だったのですが、ライブで出来る事もありますが、僕らはやはり曲を作る人なので、曲を残す事でチャリティとなり恒久的な支援が出来ていくような仕組みがあればと書いた曲が『LIGHT HOUSE OF LOVE』(中西圭三×Yae×原田真二)という曲でした。
灯台の灯りのように子どもたちを照らせているのかなという大人たちへの問いかけの曲を作らせていただきました。
原田さんがアレンジして、加藤登紀子さんの娘さんのYaeさんが歌詞の2番を書いて、というコラボレーションで作った作品です。それが貢献活動の始まりだったのです。

─子ども向け番組へのご縁

中西:その後、『おかあさんといっしょ』の体操の曲を歌ってみませんか?というお声がけをいただき、十年ぶりに体操の曲が変わるというタイミングで大変光栄な事と思い、『ぱわわぷたいそう』という曲を歌わせていただきました。

今まで僕が作ってきた音楽を聴いてくださっていた方には、子どもたち向けの音楽はあまりにも突然すぎて戸惑うかも知れない、と僕も一瞬思うところもありましたが、僕は学生の頃からディズニーランドでアルバイトしていたような人なので、ファミリーに対して何か貢献できるというのは自分の中でも大変うれしい事だったのですね。子育てという時間の中に自分の声が存在できるのはすごいな、と。そういう意味ではセサミストリートに出るかのような感覚で、すごく誇らしく歌わせて貰いました。

そこからいろいろとご縁が繋がり、「『おかあさんといっしょ』では毎月新しい童謡が生まれているのだけど、曲も作ってみない?」と言われて作ったのが『ぼよよん行進曲』でした。
もし体操の歌を断っていたら『ぼよよん行進曲』は生まれなかったかも知れません。そういう意味では、念のように自分の中に秘めて想った事が願った通りに運ばれていったのが不思議な感じでした。

─音楽の力で出来ること

B:その後、スリランカの社会貢献などにも繋がっていくのですね。

中西:はい。宝石商の友人がスリランカに行った最中に津波が起きて。大変な状況に遭っている学校を何とかしたいという事で、ゴールデンリングというスリランカのオーガニック紅茶の売り上げの一部から、スリランカの子どもたちのために文房具などを贈るチャリティを始められて。(紅茶の輸入者シールの貼付作業は熊本の知的障害者施設に依頼しており就業支援にもなっている)
僕もサポートするために仲間達とチャリティコンサートを開催させていただきました。

B:児童虐待防止の「オレンジリボン」の活動もなさっていますね。

中西:はい。児童虐待のような痛ましい事件が起こる前に防止しなければという啓蒙活動です。元々は栃木で始まった活動が全国に波及し、僕の地元・岡山でもオレンジリボンの活動を始めようという動きが起こったのです。
僕の中学の恩師から、岡山でのオレンジリボン活動の立ち上げに携わっているのでテーマ曲を作って貰えないか、と依頼があり、小西貴雄さんと一緒に参加させていただいて『Here I am』という曲を作りました。

B:そういう事もあって児童虐待問題も描いた映画『ごっこ』にもコメントをされたのですね。

中西:はい。そうです。児童虐待を防止する一助になればと。

なかなか出来る事は限られてもいるのですが、曲は作り残せば、言わずもがなでどこかで気付いていただけて、曲自体が何かを動かしてくれる力があるものだと僕は信じていて。そういうものを作ろうと常に思っています。

子どもたちの未来を明るくするためには僕ら世代の意識が大事だと思っています。そこに向かって、「これでいいのかい? もうちょっと何か出来ることは?」と問い掛けのように歌にさせて貰っています。

B:本当に初期の頃から一貫して、人生の応援歌というか、人生に躓いた方に寄り添い、まさにエールを送るような想いで曲を作って歌われてきたのですね。

中西:そうなんです。

中西圭三さん

─コロナ禍の影響

B:そんなところに、この春からのコロナ禍があり……。

中西:これはもう本当に世界中で同じ状況で、今まで普通に出来ていた事がままならない状況になってしまいましたね、歌う事も、移動する事も、人と会う事も。いったいこの状況の先は何処に繋がっているのだろう、と悶々としながら過ごすという……。そしてあっという間に何ヶ月も経ってしまいました。

僕も今年2月末にイベントが入っていたのですが、コロナの影響でなくなり、8月頭まで人前に立つ事が一切なかったです。その間、ライブは一切出来ませんでした。8月頭も無観客の配信ライブでした。

そこからようやくやっとライブをやろうというムードが出てきてもいますが、また様子を見ながらという時期に入って来ていますね。様子を見ながらというのは、しばらくずっと変わらないのかもですね。さあこれから冬はどうなるんだという不安もありますし。

─焼きたてのパンのように手作りの音楽を届けたい

B:そういったタイミングでの新曲『流れ星』は、コロナ禍で先行きの判らない状況への想いや祈りを込めて出されたのですか?

中西:そうです。コロナ禍で緊急事態宣言により外出も自粛となったり、物を買いに行くのも限られた中からという状況もありましたよね。それでも日々の暮らしを楽しめないかと、夫婦で今日は何を作ろうかとパン作りしてみたり……。今ではもうパンも普通に焼けるようになりましたからね。
うどんも捏ねたりして。小麦粉をいろいろな食べ物にしてみて、小麦粉って七変化してすごいな、と(笑)。パンなんかも一から作ると美味しいんですよ。焼きたてってどんなものにも勝る美味しさがあって、もう焼きたてしか食べられないというぐらいの感覚になっていてですね。

そういう日々が続いていたところに、じゃあ音楽はどうなんだと思った時に、じゃあ一から作ってみようと思ったのです。やった事はないけど自主制作盤をやってみようと。
メーカーの方々に声を掛けられて、作詞・作曲・歌唱からサウンドやミックスダウン、マスタリングまでというのは自分の領域だったのですが、そこから先はパッケージになって返って来るので。もちろんデザインについては意見しますけども。そういうお任せの状態ではなく、とりあえず一から全部やってみようと。

B:まるでパンを手作りするかのように、ですね(笑)。

中西:そうそう(笑)。やっぱり焼きたては美味しいんじゃないかと。レコードもCDも自分で作ってみたら、やっぱり喜びもひとしおなんじゃないかと。そこをちょっと確かめてみたくなったんです。

─心折れた時にも寄り添える曲を

中西:もう一つ、2月末に大切な人を失うという事があったんです。今までずっと制作を共にしてきた僕にとっては大恩人で、音楽を作るという事は何かを教えていただいた方がいるのです。以前の所属事務所の方なのですが。その方に「お前、何やっているんだ」と言われないように、ちゃんとやっている証を立てていかないとならないなと思って。だから尚更、曲を出さなきゃいけないなというのがあって。じゃあ出したい曲あるよね、と自分の心に問いかけた時に思ったのが『流れ星』という曲です。

2011年の震災が起こった際に、きっとこういう曲があれば寄り添えるはずだ、と思って作ったのですが、紆余曲折あり、世に出す事が出来ず……。この曲をどなたかへとも途中考えたのですが、もうこれは運命的だ、自分で歌おうと思って。このタイミングで一から出すものとして相応しいと思い、今回の新曲となりました。

B:心に寄り添う想いを込めたようですね。

中西:東日本大震災での被災後2013年に運行再開した三陸鉄道を支援するプログラムに『Bloom!Bloom!〜サクラ咲け〜』という曲を書き下ろしたのですが、南リアス線・吉浜駅でのセレモニーで志村けんさんが非常勤駅長に就任され、その際に志村さんとご一緒させていただきました。
そんな志村さんがコロナにより突然亡くなり、物凄い衝撃を受け、これは大変な事になったと思いました。

2018年には岡山の真備町、今年7月には熊本の人吉市でも大水害がありました。そうした自然災害や不慮の事故、そしてコロナ禍や病気などで、かけがえのない大切な人を突然失い、受け止めきれずいる、その心の置き場所のなさ、苦しみや悲しみからの逃れられないでいる方のいたたまれない心に寄り添いたいと思い、『流れ星』を作りました。

B:中西さんには流星にまつわる曲がいくつかありますよね。

中西:そうですね。僕の4thアルバム『Starting Over』の中に『永遠の名前』という曲があって。流星を二人眺めて行き先を想うという恋愛の曲です。
このアレンジをしてくれたのはつい先日亡くなってしまった小林信吾さんなのですが。小林さんの事を考えながら、楽曲を振り返っていたら、ああ、『永遠の名前』の二人のその先が『流れ星』なのかな、と。
『永遠の名前』で嘗ては二人で見た流星を、今は一人で見ている。普段は気丈に振舞っていても、箍が外れて涙が出てしまうという。あの人も今見てくれているのかなと想うと、流れ星が流れ、メッセージのように想う。あの日が愛おしいから、明日も頑張っていけると思える……。それが『流れ星』という歌です。

そんなふうに思えればまた明日が生きられるのではないかと。そのための歌になれれば良いなと想いを込めました。生きていれば誰にでも別れは起きる訳で、しんどいのは間違いないですが、大丈夫だよ、と言ってあげられるといいな、と。

B:実際の流れ星も人生に於いて出会えるかどうかも判らない一瞬の邂逅と煌きですよね。大林監督の映画には「たとえ亡くなって会えなくなったとしても、いつも心の中にはいるよ」というメッセージがありますよね。人との出会いと流れ星はとても似ていますね。

中西:そうですね。日々の関係性の中でどう向き合って何を残していけるかという事なんです。例えば今はつらい境遇になくても、『流れ星』を聴いて、当たり前だと想っている今を噛み締め直して、じゃあこうしようと想ってくれたら、それはそれで素敵な歌の効果だと思いますし。

─コロナ禍の今だからこそ伝えるべきメッセージ

中西:いつも当たり前だと思っていた事がコロナ禍以降変わってしまい、歌を歌うという日常がこんな素敵な事だったんだと思うじゃないですか。コンサートに気兼ねなく足を運べて、わっと騒ぐ事が出来るってスペシャルな事なんだなって。

B:本当に少し前の事が懐かしく、なんて貴重で贅沢な事だったんだろうと思いますよね。

中西:本当にすごい事だと思うよね。ニュースタンダードという事で何か変わっていくのかも知れないけども、そんな中でも精一杯できることを共有できればと思っています。

B:今の時代は生きていても、相手の事を思えばこそ会えないという状況がしばしばあるじゃないですか。会いたい方が高齢だったりして。会いたいけど会えない、会えないけど心の中にいるよというのが日常になってしまいましたね。

中西:そうですよね。そういうつらさを噛み締めている方も本当に多いと思いますね。

B:だからこそ、『流れ星』の一瞬しか会えないけどいつも心の中にいるよ、というメッセージが日常に迫って聴こえてきますよね。

中西:そうですね。そういう愛しさをいろいろな形で表現していかないといけないだろうなと。会わなくても表現できる事ってあるんだろうなぁと……伝え方というかね。伝えなくても済んでしまっている事もあるから、常に気持ちを伝えながらいくという。明日どうなるか判らないからね。

B:今おっしゃった事はエナツの祟りの新曲『無敵シュプレヒコール~このSを、聴け!~』とまさに同じメッセージですね。コロナ禍だからこそ、好きという想いを今伝えなきゃという気持ちから生まれた曲なのです。

中西:そうなのですね。それは素敵ですね!

B:そのように、なかなか会えない今だからこそ、あなたが大切なんだという想いを強めに言っておかなきゃ、いつまで健康を保っていられるか判らないから、という時代になりましたよね。

中西:そうだと思います。みんな今そう思っていると思います。世の名言でも「明日死ぬと思って生きろ」というようなフレーズがありますが、何気なく過ごすのではなく、全力で生きろという意味なんだと思いますが、そういう気持ちにはなりますね。

B:なので『流れ星』はコロナ禍の今とてもタイムリーな曲だなと思います。会えなくても存在を感じているよ、いつも心に寄り添うという。

中西:ありがとうございます。

B:この曲を必要にしている方が何処かに必ずいるはずだ、と思ってらっしゃるのですよね?

中西:そうです。そういう運命的な事もちょっと信じているんだという事で。
流れ星』は主要な流通にも載せておらず、ダウンロードやサブスクリプションも対応しておらず、すごく時代に逆行していくようなやり方で販売して、まさに手作りで発送もしているのですが(笑)。
それでもこの曲を必要としてくれる人にはきっと何処かで出会える曲だと思っています。

B:聴いてもらった日がリリース日という事で(笑)。

中西:そうそう(笑)。あなたがこの曲を知った日がリリース日です。
まずはぜひYouTubeなどで『流れ星』を聴いていただいて、もしCDを欲しいなと思っていただけたら、下記メールアドレスからお申込みをくだされば、真心込めてお届けします。

中西圭三 NEW SINGLE
『流れ星/愛することを信じて~Amazing Grace For You~』

中西圭三『流れ星』ジャケット写真

TAO LIFE RECORDS (TLR-0001) 1,000円(税抜)
2020年9月9日より発売中!
ジャケット写真:ホタルのおっちゃん

※ご注文頂ける場合は、お名前、ご住所、電話番号、メールアドレス、必要枚数などを明記の上、TAO LIFE RECORDSのメールアドレス taoliferecords@gmail.com 宛にお送り下さい。
送料など確認後に合計金額・振込先等が記載された受付完了メールをお送りしているため、上記メールアドレスから受信できるよう設定をお願いします。


お知らせ

中西圭三さんが以下のイベントにご出演されます。併せてご注目ください。

2020年12月21日(月)~22日(火) にっぽん丸 サンタクルーズ東京C 船内コンサート
https://www.nipponmaru.jp/cruise/20201221/

2021年2月11日(木・祝)~14日(日) 岡山 笠岡諸島 『シマヲカナデル』
http://shima-kana.com


PROFILE

中西圭三(なかにし けいぞう) | 歌手・音楽家・プロデューサー。1991年、『タンジェリン・アイズ』でデビュー。同年、ZOOに提供した『Choo Choo TRAIN』(2003年にEXILEがリメイク)がミリオンヒット。第 13 回 JAM広告音楽大競技会作曲賞を受賞。1992年、『Woman』で日本レコード大賞作曲賞を受賞。アルバム『Yell』『Steps』『STARTING OVER』はオリコンアルバムチャート1位に。1998年、ビビアン・スーがメンバーのブラックビスケッツに提供した『Timing』がミリオンヒット。2000年、ピーボ・ブライソンに提供した『LIGHT THE WORLD』(デビー・ギブソンとのデュエット曲)が収録されたアルバム『Unconditional Love』がグラミー賞にノミネート。2005年以降、NHK『おかあさんといっしょ』月の歌として好評を博した『ぼよよん行進曲』や『まんまるスマイル』の制作、『ぱわわぷたいそう』の歌唱など、次世代への作品に多数参加。地域や境遇を超えた音楽でのコミュニケーションを目指して精力的に活動中。
公式サイト:http://www.keizo.jp/
公式Twitter: https://twitter.com/keizo1111


本インタビューは2020年10月15日に行われたものです。