仕事の流儀 特定非営利活動法人映像産業振興機構 専務理事 事務局長 市井三衛

その道のプロが切り開いてきた道を掘り下げる “仕事の流儀”。今回はコンテンツ等の海外展開を促進する「JLOP事業」を運営している特定非営利活動法人映像産業振興機構(略称:VIPO)の専務理事 事務局長である市井三衛氏に話を伺った。

日本ブームの火付け役として
良質なコンテンツをJLOP事業で支援していきたい

──JLOP事業の仕組みを簡単に教えてください。また市井さん自身が音楽業界の出身ということで、音楽に携わる視点から見たJLOP事業の利点とは何でしょうか。

JLOP事業は、ジャパンローカライズ&プロモーションを略した名称で、コンテンツ等の海外展開に必要な「ローカライズ」や「プロモーション」を行う事業者への補助金事業です。「ローカライズ」とは、字幕制作や吹き替え作業、「プロモーション」は、ローカライズ作品などの “海外での” プロモーションなどが対象になっています。コンテンツを海外で売るのは簡単なことではないので、プロモーション費用も負担しましょうという発想から生まれたものです。例としてはカンヌ国際映画祭に出展する費用などが対象になります。両方とも基本的には半額、地域経済の活性化に役立つと認定されれば対象費用の2/3まで補助金が下ります。
音楽への補助はプロモーション事業だけが対象となります。プロモーションは当初は「連携」という条件がありました。理由は、SUMMER SONICやROCK IN JAPAN FESTIVALのような1レーベルではない複数のアーティストによる日本のフェスを海外でやってほしいという発想です。

また、音楽だけではなく他のコンテンツジャンルや業界の方とも連携して海外に行ってもらいたいという思いもありました。ところが各事業者の方々から急に「連携」と言われてもできないという声があがり、「連携」という条件は外しました。従って現在は、アーティストが単独でワールドツアーを組んでもサポートの対象になります。ただし、興行を行う場合は入場料を取っていると思いますので、あくまでも赤字になった場合のみです。音楽の場合は半額のケースがほとんどですが、対象費用の半分から2/3まで補助します。例えば経費が1億円かかったとして、5千万円は入場料やスポンサー収入でまかなえたけれど、残りの5千万円は難しいので補助して欲しいという場合は対象になります。申請された方の中には、会場が満員になればなんとか利益は出るけれど、満杯にならないかもしれないので申請はしておいた、でも結果的に満員になったので、採択はされたけれど補助金の要求はしなかったというケースもあります。

──利益が出た場合は対象にならないのですか?

JLOP事業の補助金をもらわずにイベントの利益が出た場合は支給の対象にはなりません。儲かっている事業に、国民の税金を使うわけにはいかないという判断です。あくまでもリスクマネーの供給ということで、海外でまだ一本立ちできない方たちをサポートしていく、もしくは海外に出てもうまくいかない可能性があるので、結果的にマイナスになったらJLOP事業が補填するので行ってみてくださいというイメージです。そして大事なポイントは、リスクがあるのでやるかどうか迷っていたところ、申請して採択されたので「始めることができた」ということです。

もともとやろうとしていたところに「いいお金だから使おう」ではないということです。例えばカンヌ国際映画祭に行くことは決まっていて、採択される前に会場をブッキングをしていた場合、その会場費などは対象にはなりません。

──ブッキングが未定な状況だと、暫定的な見積もりになってしまうと思うのですが、それで申請してもいいということですか?

企画が決まっていればスポンサーは予定でも構いません。先ほど申し上げたように、補助をするかどうかは終わった後の収支によるので、全部は決まっていないというケースもあると思います。でもあまり決まっていないと、外部の有識者で構成されている審査委員会でも判断できないですね。例えば、10アーティスト中9アーティストが決まっていない…、それでは難しいです。

 

J-LOP4とは

 

2013年の3月にスタートした国の補助金事業(5年目となる今年度は「J-LOP4」。5年間の総予算額は約340億円)。今年は2016年度補正予算による「コンテンツグローバル需要創出基盤整備事業費補助金」を活用し、特定非営利活動法人映像産業振興機構が事務局となって実施。この補助金は、コンテンツ等の海外展開に必要なローカライズやプロモーションを行う事業者に対して、補助金を交付することにより、コンテンツ等の海外展開を促進し「日本ブーム創出」にともなう「関連産業の海外展開の拡大」につなげることを目的としている。     

「日本ブーム創出」にともなう、JLOP事業の貢献とは

──数多くの申請が来ると思うのですが、採択される上で重要なポイント何ですか?
費用対効果です。もともとJLOP事業は日本ブームを創出するための事業です。日本のアーティストが海外に行って、そこでその音楽が広まっていく。そして日本ブームが創出されるというのが目的です。まれに、海外で公演したことを日本でプロモーションに使う方がいるのですが、それはこの事業の目的には当てはまらないわけです。

例えば新人アーティストで、「こういうプランで今後海外でやっていく」という案件ならば良いのですが、ある程度日本で売れたアーティストで、本当に海外でやるつもりがあるのか疑わしい案件もあります。一方、海外でも売れて収支がプラスになるとJLOP事業の対象にはならないですし、ギャラがもらえるようなアーティストで黒字の場合は申請してきません。リスクを覚悟して本気で海外でやろうとしているアーティストはすごくウェルカムですね。それはぜひサポートしたいと思います。
──その辺りは音楽業界にいた市井さんですし、気持ちもわかりますよね。JLOP事業としての5年間の成果を教えてもらえますか?
たくさんあるのですが、JLOP事業の貢献といえば、世の中の流れと本当にピッタリ合ったんだなということです。効果測定の結果を説明する機会があるのですが、全ての数字がポジティブなんです。つまり、コンテンツ業界の海外の売り上げはすべてアップしている。アニメも放送もゲームもすべて。それを受けて僕らは間接的な効果とか波及効果と言っていますが、海外から日本に来る方が増えていますよね。コンテンツの魅力で日本に来ましたという人たちもすごく増えた。そういう人はコンテンツがなかったら日本に来なかったでしょうし、彼らの消費はすべてなかったわけです。その経済効果はすごいことになる。

もともと国がコンテンツを中心に、クールジャパン戦略をとっているというのは、コンテンツの影響力の強さだと思うんですよね。J-LOP4のウェブサイトを見ていただくとわかると思うのですが、もともとコンテンツ業界の海外進出をサポートするとは書いていないんです。日本ブームを創出する、それを受けて海外での関連産業の拡大、そして日本のインバウンドに繋げていくということが目的です。それらすべてがその通りになっている。その効果でコンテンツ業界も潤っている。数字を見る限りではすべてがいい形になっていて、全部がJLOP事業のおかげとは言わないですが、いろいろな政策の中でJLOP事業もその中の一つとして大きな貢献をしていると僕らは考えています。
──そういう見方をするとおもしろいですね。アニメやマンガが大好きで日本に来られる外国人がたくさんいます。
そういう意味では聖地巡礼ではないですが、国内だけではなく海外の人もそういうところに行きたいという、その流れがどんどん来ていると思います。

 

今日も日本のコンテンツを使ったイベントが世界のどこかで行われている

──日本のコンテンツのここが素晴らしいとか、誇れる部分について、JLOP事業を通して感じたことをお聞かせください。

一番はコンテンツの原石がものすごくあるということですね。例えば映画でもベストテンの7割ぐらいは原作のあるものやアニメです。アニメのベースになるのが漫画だとすると、アニメーション化されていない漫画って、ものすごくあると思うんですね。原作も含めて、そういうものが数多くあるというのが日本の強みだと思います。

7月にLAのアニメエキスポに行ってきたのですが、アニメーションという言葉は一般の言葉であって、「アニメ」と言ったら基本的に「日本のアニメ—ション」になるんですね。従って、アニメ・エキスポというのは日本のアニメーションのイベントですよ。今年の来場者は約36万人で前年比17%増だそうです。フランス・パリで開催されるJapanExpoも増えてきて昨年は約23万人で今年はさらに増加したようです。そういうイベントが世界中に数多くあるということは本当に素晴らしいと思います。実数はわからないですが、今日も世界のどこかで日本のコンテンツを使ったイベントが行われていると思うんです。我々が知らないだけで、かなりの数のイベントが世界中で行われているというのはすごいなと感じます。

Japan Expoに行った際、僕自身がすごく驚いたのが、結構日本人がいるのかなと思ったら、出展者は別ですが、日本人の来場者はものすごく少ないんです。数字的には1〜2%です。日本人である我々がそういうところで日本の文化に興味のある人に会った時に、いろいろ質問されるんじゃないかと思ったんですが、僕に声をかけたのは二組くらいでした。単なる日本に対する興味とかそういうことを超えて、そのものが好きなんだろうなと思いました。

人材育成事業「VIPOアカデミー」講座の様子。コーポレートリーダーやプロジェクトリーダーの養成、コンテンツ業界の基礎、法務や財務、グローバルビジネスなど、コンテンツ業界のリーダー育成を目的に独自のプログラムで定期的に実施している。
7月よりスタートしたVIPOの新事業「ジャパンアンバサダー」が、「ツーリズムEXPOジャパン2017」(2017年9月、幕張メッセ)の展示会に出展した時の模様。日本文化の海外展開/インバウンドにおける課題を、親日外国人の方々のサポートにより解決するマーケティングサービスとしてPRを行った。
J-LOP4補助金事務局が主催した「海外イベント合同説明会&個別相談会」(2017年9月)。シンガポール、中国、ロンドン、アメリカ、インド、ベトナムなど海外で行われる日本のカルチャーイベントの主催者がプレゼンテーションと相談会を実施した。

 

──イベントという観点から質問を変えていきたいのですが、SNSなどネットプロモーションが主流となっている現在、コンテンツプロモーションも必然的にワールドワイドで発信されてきています。しかし、あえて海外でのイベントプロモーション、いわゆるリアルな展開に対して、補助金を出すことの重要性や訴求とは何でしょうか。

当初はリアルのイベントプロモーションしか対象になっていなかったのですが、今はネットプロモーションも対象になっています。従って、両方をうまく使い分けて効果的なプロモーションを実施してもらいたいと思います。リアルの強さ、本物の強さをネットプロモーションでさらに広めてほしいと思います。
──あとは顔と顔を付き合わせてビジネスマッチングを展開できるというのも大きいですよね。
そうですね。K-POPがそうだと思います。K-POPがあれだけ売れているのはリアルにアーティストが国外に出ているからで、それはやっぱり強いですよね。日本は、ごく一部のアーティストしかそれはできない。なかなか皆さん、行かないですね、費用の問題も時間との関わり合いも含めて。

 

日本の興行を海外の人がたくさん観に来られるような仕組みを作ってほしい

──イベント業界に期待したいことなどありましたらお願いします。

2つあります。1つは日本で行われているフェスやコンサートについてです。レベルが高いと思うんですね、日本は。今はテクノロジーもどんどん発展しているので、日本に来たらこれが観れる !というようなレベルの高いものを作ってもらいたいです。2つめは、日本のイベントに海外の人がちゃんと来れるような発券システムです。

今はかなり進んできているようですが、さらに進めてもらいたいです。チケットの均一料金を変えてもいいのでは?という話もありますよね。僕は国際的に見れば全く問題ないと思います。良い席の人は高くて当たり前だと思います。いろいろな考え方があると思いますが、それらも含めてもう少し俯瞰してワールドワイドな仕組みを日本でもいい意味で取り入れてもらいたいと思います。日本の興行そのものが、海外の方が観に来れるような仕組みになれば、日本へのインバウンドにも繋がって、全部が好循環になりますよね。

──例えばアーティストからすると、最終的にはライブやコンサートで稼ぐことが目標だし、それをワールドワイドで考えられる時代というか、そのパイプ役としてもJLOP事業があるんですね。

JLOP事業というのは補正予算ですし、いつまで続くかはわかりません。国としての考え方や次の目的が変わっていくことはあるかもしれません。でも、続く限りは皆さんに有効に活用していただきたい、なるべくいい形で皆さんのサポートをしたいと常に思っています。ですから皆さんにお伝えしたいのは、諦めないで申請してくださいということです。

対象になるもので、効果のある企画で、きちんと説明をしていただければチャンスはあります。ただ、この記事が出る頃には今年度の予算枠が無くなっている可能性もあるので、来年度もJLOP事業が続いたらぜひご活用ください。また3月末まではJLOP事業でいろいろなイベントを開催します。基本的に無料ですので、ご興味のある方は公式ウェブサイト(j-lop4.jp)でご確認いただければと思います。

──最後になりますが、イベント業界に役立つ情報があったら教えてください。

私たちVIPO(Visual Industry Promotion Organization)は、JLOP事業以外にコンテンツ業界に特化した人材育成事業「VIPOアカデミー」や、イベントなどにも役立ていただける親日外国人によるマーケティングサービス「ジャパンアンバサダー」など、さまざまな事業も行っています。

それ以外にも、コンテンツ事業に関連する講座やセミナーをいろいろなテーマで開催していますので、こちらもぜひご活用いただければと思います。ウェブサイト(www.vipo.or.jp)からメールアドレスをご登録いただければ、最新情報を随時ご提供しますので、ぜひ登録してみてください。日本の音楽が世界に拡がり、日本のアーティストが世界中で活躍している時代が来ることを心から期待しています!

 

PROFILE

市井三衛(いちい・さんえ)|1980年 慶應義塾大卒業。日系および外資系企業数社を経て、2002年ワーナーミュージック・ジャパンに入社。2005年同社専務取締役兼CFOに就任。その後2008年EMIミュージック・ジャパン代表取締役社長兼CEO、2010年EMI音楽出版取締役会長を兼任。2011年には日本レコード協会副会長に就任。そして2013年映像産業振興機構(VIPO)ジャパン・コンテンツ海外展開事務局事務局長、2015年同機構事務局長、2017年同機構専務理事兼事務局長に就任。

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